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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10727号 判決 1969年5月26日

原告(反訴被告) 橋本武雄

右訴訟代理人弁護士 黒田隆雄

被告 朴商斗

被告(反訴原告) 山田クニ

右両名訴訟代理人弁護士 谷口欣一

同 松原徳満

右被告山田訴訟代理人弁護士 野口三郎

同 高津戸成美

同 真木吉夫

主文

被告朴商斗は原告橋本武雄に対し別紙目録記載の各不動産について東京法務局中野出張所昭和四〇年一〇月六日受付第一八七五五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告(反訴原告)山田クニは原告橋本武雄に対し別紙目録記載の各不動産について東京法務局中野出張所昭和四〇年一二月九日受付第二三二四二号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

反訴原告山田クニの反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その一を被告(反訴原告)山田クニの負担、その余を被告朴商斗及び同山田クニの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件不動産が原告橋本武雄の所有に属すること及び昭和四〇年一〇月上旬石垣が自ら橋本武雄―原告―と称し黒崎、山口、榊とともに連帯債務者となって朴から計金五、〇〇〇、〇〇〇円を弁済期を同年一〇月末と定めて借受け、その際右金五、〇〇〇、〇〇〇円の債務を担保するため、本件不動産の所有権を朴に移転することを約したことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被告らは、石垣に右の行為をする代理権限があったと主張するけれども、乙第一号証連帯借用証書、乙第一〇号証約束手形及び甲第一二号証の二管轄合意書中の各原告関係部分並びに甲第一一号証の三委任状及び乙第九号証明渡承諾書の成立を認むべき証拠がないので、これによって被告らの主張を肯定することはできず、その他石垣の代理権を認めるに足りる証拠はない。従ってこの点に関する被告らの主張を採用することはできない。

三、そこで表見代理の主張について判断する。

原告は石垣の行為は代理行為とはいえないから、表見代理を考える余地はないと主張する。しかし代理に関し本人のためにすることを示すことが要求されるのは、代理人によって締結される法律行為が本人の法律行為であることを明らかにするためであるから、その点については代理人が本人の名のみを示して行為した場合と、本人のためにすることを示して行為した場合との間には差異はないのであり、代理行為の際に代理人と本人とが異なる人間であることを示すことは代理の要件としては必要でない。

そうであるとすれば、代理人が本人の名で越権行為をした場合にも、相手方においてこれを本人自身の行為と信ずるにつき正当の理由があったときは、民法第一一〇条を類推適用して本人の責任を認めるのが相当である。

進んで被告両名主張の相続登記申請の代理権について考えるに、相続登記申請手続は私法上の行為でないから、代理権がこれに限られているときは、右の代理権を以て民法第一一〇条所定の基本たる代理権と認めることができないばかりでなく、原告が石垣に対し本件不動産について相続登記申請の代理権を与えた事実を認むべき証拠がない。この点に関し当時の事実関係を調べると、≪証拠省略≫によれば、石垣はかねて交際のあったすみ枝から、本件不動産を担保に使って三~四〇〇、〇〇〇円の金融をうけることの了解を得、まず本件土地について昭和四〇年九月一三日原告のために相続登記を、本件家屋について同日原告のため保存登記をなした上で、同年九月二二日、訴外片岡産業株式会社から、本件不動産に極度額三、〇〇〇、〇〇〇円の根抵当権設定登記をなして、金五〇〇、〇〇〇円を黒崎と連帯して借りうけたこと、ついで右金員を返済し、かつより多額の金融を得るため、すみ枝に無断で、前記の通り、同年一〇月四日本件消費貸借契約及び本件不動産を譲渡担保とする契約を締結したこと、石垣は右各行為をすみ枝より交付された原告の実印、名刺を使って原告本人になりすまして行ったものであること、右各行為のうち相続登記をなしたことは結果としては原告の意向に反するものではなかったが、原告はすみ枝から、石垣が面倒をみてくれるから登記をしてはどうか、とすすめられていたのに対して、そのうち自分でするから、石垣に頼まなくともよいと返答していたものであること、すみ枝は原告の承諾を得ることなく、本件不動産を相続登記をした上で石垣の借金の担保に使わせることとして、原告の実印を原告にはからずに保管場所から持出して石垣に渡したこと、石垣と原告とは一〇〇米位しか離れていない近所に居位しているにもかかわらず、両者の間には日常の挨拶の外には何の話合いもなかったばかりか、石垣は原告と合うのをさけるため原告の不在の日をあらかじめすみ枝と打ち合わせていたこと、片岡産業株式会社からの借入れについてはすみ枝は了解していたが、本件消費貸借契約及び譲渡担保契約については、すみ枝すら何も知らされていなかったこと、右各消費貸借で得られた金員のうち原告の手に渡ったものは全くないこと、右各契約及び登記手続に必要な委任状等の書類で原告自身の手によって署名捺印されているものは一つもないことをそれぞれ認定することができ、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定によれば、原告が自ら、又は妻すみ枝を通じて、石垣に対し、本件不動産の相続登記申請の代理権を与えたことはなく、又他の何らかの代理権を与えた事実もこれを認めることができない。

してみれば、その他の点について触れるまでもなく、被告朴、同山田の表見代理の主張は理由がないというべきである。

四、以上の次第で原告橋本の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告山田の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 室伏壮一郎)

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